第48回 あずきういろ様

 子どもの頃、夏祭りに浴衣を着ていくのが楽しみでした。私のキモノ熱はいつから始まったんだろうなあ……と考えた時、袷の絹物に名古屋帯をしている今の自分ではなく、ヨレヨレになりながらも自分で一所懸命着た浴衣で盆踊りに行った自分の姿が、原点だったように思います。

 私の母親は既に「着物=嫁入り道具」の世代で、着物の知識はあまりない人です。自分の物も、そして娘である私のものも、どちらかというと呉服屋さんのいいなりでした。その双方に同意できない私としては、呉服店というのは「色々見られて嬉しくても買う時には四面楚歌」な場所だったかもしれません。

 そこに祖母がいると、全然違うんです。着物でリアルに生活していた人ですから。祖母がOKと言うものは、意外に私の好みでもありました。

 結局キモノ熱は隔世遺伝のようで(苦笑)、祖母のものでまだ状態良く残っているものは、悉皆をしてもらい私が受け継いでいます。それこそ本当に良いものは戦時中にイモやかぼちゃに変わってしまったらしく、残ったものはそこそこ程々のものばかり。それでも私が着倒すには十分です。

 ところで、私の住んでいる地方には「結び」という生地があります。短い余り糸を文字通り結び合わせて、一反の反物文の長さにし、それを織屋さんで織ってもらったり自分で織ったりして反物にするのです。これも亡き祖母のタンスから何反か拝借(というか強奪?)しています。かつては自分の娘や孫のために、振り袖や嫁入り用の着物をこの方法で地道に誂えたようです。「自分で好きな色柄に染めなさい」と、白生地を持たせることも。もちろん未だ健在のやり方ですが、膨大な手間のため、さすがに現在ではマフラーやショールといった小物に重点が置かれているようです。

 短い糸を結んでいるため、あちこちに節やら糸端やら出ます。そのため「結び」を知らない人が増えた昨今、「キズモノ」と判別されることもままありますし、永らくタンスの肥やしになっていた白生地を染めに出しても、「キズ」や「節」があるから、と柄染めを強く勧められることが多いです。呉服屋さんや染屋さんの勉強不足でもあり、また着物業界や着物に関わる人たちが京都や東京の基準でルールを決めてきたことの弊害でもあると思うのです。「結び」は決して格の低い織物ではないのですが、綺麗に紡がれ織られた生地の方が格高であるかのように暗黙のうちに決まってしまったのはいつからなのでしょう? 大量生産の既製品や、一部ブランド生地のみが有り難がられるのは、何だか淋しいですね。着物は日本文化の代表のように言われますが、着物自体はもともと地方によってとてもたくさんのバリエーションがあったのではないでしょうか。

 「これは心のこもった手仕事の証です」と胸張って着ようと思っています。どんなに節くれ立っていても、色無地紋付きにしてよいのですから。昔は浴衣ぐらいおばあちゃん・お母さんが自宅で縫ってくれた…そういうぬくもりの延長線にある生地なのだなあ、と感じられてなりません。

 そろそろ自分も浴衣ぐらいはヒョイヒョイと縫うぐらいの気概が出てきていいはずですが…つい尻込みして仕立屋さんにお願いしてしまいます。今年辺り、高校生の時初めて大人のサイズで仕立ててもらえた浴衣を、ほどいて自分で仕立て直してみましょうか。

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