第54回 YT様

 去年、姪の披露宴があった時、家族みんなで揃って着物を着ようという事になり、箪笥にしまってあった家中の着物を出してみました。

 実業家だった私の祖父は、若いときに京都に住んでいて、戦中戦後の物のない時代に、つてを頼って祖母や4人の年頃の娘たちのために、当時希少な着物を探し歩いたそうです。

 長く着ないでしまってあった着物は、幸いカビなどは無かったものの、胴裏が焼けていたり、縫い取りがほつれていたりと、そのままでは、着られない状態で、どうしようか思案していたところ、着物が大好きで茶道もたしなむお友達のOさんに「きものおたすけくらぶ」を紹介頂きました。

 早速ご連絡したところ、拙宅までお越し下さり、たくさんの着物を畳に広げ、ひとつひとつの状態を丁寧に診て下さり、それぞれに必要な手入れをご提案頂きました。

 箪笥から出てきた着物は、そのひとつひとつに、母の思い出が詰まっているものでしたし、手の込んだ細工の施された帯などもたくさんありました。

 ご近所にお住まいだった日本刺繍の先生が縫い取りをしてくださった帯などもあって、社長に目利きをしていただきましたが、どれも、もう今の職人さんの技術では、難しいものだそうでした。

 私は、自分で着ものを着ることが出来ませんし、母ももう高齢で帯を締める力も足りません。

 今は亡き祖母の着物を私が着ることが出来ることは、幸せな事です。それを買い求めた祖父の気持ちが詰まったたくさんの着物を大切に、娘たちにも伝えていきたいと思っています。

 これからも宜しくお願い致します。


3歳くらいのとき 初めてのきもの
25歳、結納の日です。伯母の帯を貸して貰いました。
黒地に赤と金、鳳凰の柄でした。


27歳、妹の結婚式です。大きな蝶の縫い取りのある訪問着、帯は母の娘時代のもので白地にクジャクの翅の柄でした。
時代は飛んで長女の結披露宴です。母の留袖を比翼に仕立て直して着ました。


「きものおたすけくらぶ」さんで洗い、仕立て直しなどしていただいた着物たちです。
私の訪問着を娘たちが揃って着ることができました。白地の帯は洗って仕立て直していただきました。
母の色無地を私が着ました。
祖母の泥大島は「きものおたすけくらぶ」をご紹介下さったOさんとの新年会に着て行きました。

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