第29回 冬太郎様

 『白蛇で「と」の字』の洒落紋は、自作のデザイン。シロウトが生まれて初めてデザインしたものですから、およそ洗練とはかけはなれた下絵を、でもプロの職人さんが、それらしく繍ってくださいました。チョコレート色の色無地に、どう見ても、ちょっと大きめの派手な縫い紋をただの主婦が背負うのは、けっこうエネルギーのいることです。看板を背負うとは、こういうことかとも思います。『白蛇で「と」の字』は、自分の看板ですから。一部の「なにあれ?」「役者でもあるまいし、下品な」という手痛い視線(街ゆく大部分の視線は「着物ってやっぱりいいわねえ」という暖かいまなざしか、または無関心)をはねのけつつ、胸をはって歩くのには、そうとうのエネルギーが必要。で、そのエネルギーをもって何をしにいくかといえば、宝くじを買いにいくのです。宝くじも、いつも買っているわけではありません。こんど買いにいくのは、今発売中の、オータムジャンボ。10月に入ったら、日をえらんで、この着物で気合いをいれて買いにいくのです。

 さて私が、ある日突然、「和服が着たい、それも毎日!」なんてことを思いたったのは、一歳の娘をかかえて、家事と育児にあけ暮れているときでした。結婚して仕事をやめ、すぐこどもを授かり、世間と隔絶されたなかで閉塞していたのでしょう。当時ふつうではあまり考えられないような突破口を思いついたことは、それ自体がスリリングだったのですが、あとから考えてみると、もうすでに、どこかで百人の子持ち主婦が日常的に着物を着はじめたあと、だったのかもしれません。

 そこで、ほぼ3年近く閉めっきりだった、たんすのひきだしを開けて・・・びっくりです。そう、ご想像のとおり。カビだらけ!あわてて、カビのはえた着物を、「きものおたすけくらぶ」の富田さんにお願いした・・・のなら都合がいいのですが、それはいまから約5年前のことで、パソコンを所有してまもない当時のことでした。あいにく実家に出入りしていた、母のお気に入りの呉服屋2、3軒は、あいついで倒産してしまった直後のことで、そのうえ結婚と同時に転勤してきたため、現地になじみの呉服屋さんもありませんでした。しかたなく、その時は、近所の呉服屋さんをたずね、娘の3歳のお祝い用に、はこせこセットを購入したあとで、カビおとしをお願いしたのでした。

 ところで、私の所有していた着物は茶会用ばかりでした。結婚したときも、留袖・喪服はつくらず、お茶席にいいような着物と帯ばかり買ってもらったのです。そこで、実家の母が30代のころつくって、もう着ないような着物を何枚かもっていたのを思いだして、相談してみますと、「あれは私も和服について未熟で、着始めたころにつくった着物だから、色柄も恥ずかしいものばかりで、とてもかしてあげれない」といって、そのかわり、妹のたんすのこやしを、まわしてくれました。妹は名古屋にうまれ、嫁ぎ先も名古屋の花嫁でしたから、着ないとはいえ、ひととおりの用意はしたのです。留袖・喪服・訪問着はいうにおよばず、ふだんに着るウールと、小紋は20代・30代・40代以降用と、それぞれ1枚ずつもっていっていました。そこで、そのふだん着を送ってもらったのですが、妹は柄がひとまわり私より小さかったので、裄だけでもなおさないことには、着られなかったのです。これも、はこせこセットを購入した呉服屋で頼みました。

 そうこうするうちに、インターネットの世界では、ご存知のように、普段着和服環境が充実しはじめました。私のように、反物やら古着やらを、たくさんネットで入手し、「なおし」や「仕立て」「洗い」を直接たのめるところが必要となった人が、それはたくさんいたことでしょう。「きものおたすけくらぶ」に遭遇したことも、私にとってはラッキーなことでしたが、流れからみれば必然のことかもしれません。

 ネットで購入して、手にとってみると、色柄がまったく気にいらない古着の紬がありました。牛首紬ということで、着てみると肩にとても軽く、薄くてしかも丈夫だということで、家で着るぶんにはいいかと、一度はおもったのでした。でもいっぽうで、古着なら安いのだから、どうせなら気に入ったものを着ればいいのに、と何度か処分も考えました。しかし手にとってみるたびに、その薄くて軽くて丈夫だというツヤのある生地に惹かれてしまって、手放せませんでした。そこで丸富さんに、色かけをお願いすることを思いついたのです。「チョコレートのような茶色に。色合いは薄くても濃くても結構」いま思うと、ちゃんと色について相談しないのは、冒険でしたが、色かけでしたので、なるようにしかならないと、ほとんどあきらめていました。ちょうど、刺繍紋入れのキャンペーンをしていましたので、これも、ほとんどあきらめた着物だから、お試しで、と軽い気持ちで、色鉛筆で描いたデザインを送りました。そうしてできあがったのが、冒頭でおはなしした、宝くじ購入用の着物です。

 色かけの仕あがりは、といいますと、実は紋なしにしとけばよかった! と思ったくらい、おいしそうなチョコレート色でした。どこにでも着ていって、自慢したいくらいです。もちろん、紋がおもたければ、羽織を着るという手もあります。あでも、そうそう、宝くじ購入のほかにも、もうひとつ着ていけそうな場所を、いま思いつきました。今秋から「ショコラ愛好者クラブ・ジャポン」の会員になりました。チョコレート関係のパーティーに着ていくのに、いいかもしれません。

HN:冬太郎

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