第12回 ぼー様

 私にとって着物は長い間「開かずの扉」でありました。

 子供の私はお正月や七五三で着物を着たりすることはありませんでした。母が着物を着る時には、着付ける様子を興味深く眺めたりしていましたが、自分がちゃんとした着物に袖を通すというのは、遠い先のような気がしていたものです。

 十八歳になったばかりの頃、両親が姉と私に振袖をつくってくれました。それは父の退職金から用意したものと母から聞かされました。折りしも学校の友人がいち早く結婚することになり、先に出来上がった姉の振袖を着て行くことになりました。思えばこれが私をその後長いこと、着物嫌いにさせてしまったような気がします。美容室に頼んだヘヤーとメイクはお水系ママに見えて不機嫌至極、おまけにぎゅうぎゅう締め付けられて青くなり、披露宴途中で抜け出すほどに気持ち悪くなってしまったのでした。せっかくの友人の結婚式「花のデビューの図」は、無残にも砕け散ってしまったのでした。

 今おもえば、着物がすべて悪かったわけではないでしょう。なのに勝手に傷ついてしまった乙女心(当時)、もう二度と着物は着るまいと固く決意したわけです。振袖を作ってくれた親の気持ちが嬉しく、本当は感謝の気持ちが一杯であったにもかかわらず、生意気真っ盛りの娘は、「振袖なんて」とわざと無関心を装い、結局成人式でも卒業式でも着ませんでした。そして振袖は仕付けつきのまま幾星霜、箪笥の奥でしまわれたままとなりました。

 そんな親不孝娘も歳をとっていくぶん角がとれ、気が付けば二十歳の娘がいてもおかしくない年齢になってしまいました。旅館の浴衣も満足に着られないのはまずかろうと通い始めた着付け教室から、アレヨアレヨという間に着物にほだされ虜に。そんなときに出会ったのが「きものおたすけくらぶ」さんでした。

 初めての洗い張りとお仕立てをお願いしに、足を運んだ会社で見せていただいたベトナム微笑み仕立ての縫い目の細かさ!お針のできない私には到底できない技です。その技術をベトナムで確立されたご苦労はいかほどか。恰幅のよい富さんの体形からでは、ちっともわからないのでありますが・・・さっそくお願いして出来上がった縞の着物は、着心地もよく今では一番のお気に入りです。先日封印されていた振袖もお手入れに出して綺麗にして頂きました。眠りから覚めた振袖、最近富さんの盛装オフで遅まきながらお披露目できたことをつけ加えておきましょう。

 これからも着物のよろずの相談相手の「きものおたすけくらぶ」さん、どうぞよろしくお願いしますね。

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