第45回 伊津子様

きもの*BASICルール http://kbr.seesaa.net/

 わたくしがきものに親しむようになったきっかけは、お茶のお稽古が発端でした。
それまでずっとお稽古場へ洋服で行っていたのですが、もう少し深くお茶とかかわってみたい、どうしたらよいのだろう……と考えた末「まずはきものを着てみよう」と思い到ったのです。とはいうものの、それまで自分ひとりできものを着たことはありませんでしたし、きものも手元にありません。

 しかしながら、わが家は、祖母や伯母、母がお茶の先生をしておりました。
そこで「もう使わないきものをくれない? お茶のお稽古で使いたいから」と頼んでみたところ、それは喜んで、若かりし頃のきものを譲ってくれました。
さて、送られてきたものは、予想通り昔のお嬢さん風のもので、かわいらしい花模様が描かれていたり、よく締めた跡が残る赤や朱の織りなごやでした。一児の母となっていたわたくしにしては、多少気恥ずかしいタイプのきものです。しかし、わたくしの目的は「きものを着てお稽古をする」ことにあったので、とりあえずそれらで着付けの練習をし、ひとりで着られるまでになりました。

 はじめのきっかけはお茶のお稽古でしたが、着る回数を重ねるにつけ、徐々にわたくしはきものに目覚めていきました。素材や技法、色柄、手入れ、繰りまわし、TPOといったきものの世界そのもののおもしろさに開眼したのです。なかでもとくに「代々受け継ぐことができる衣装」という点に共感したのでした。

 たとえば母がかつて着た洋服を、今の私がそのまま着るのは難しいことですが、きものはサイズさえクリアできたら着られます。
これまで何も親孝行ができなかったわたくしですが、身内のきものを着るわたくしを見るたびに「似合うわ」「このきもの、お母さんのよね。思い出すわ」と、伯母や母はわたしに故人の姿を重ねて、手放しで喜んでくれるのです。

 わたくしの祖母は明治31年、上の伯母は大正7年、下の伯母は大正14年、母は昭和18年の生まれです。祖母、伯母ともに戦中戦後の物資の乏しい過酷な時代を過ごしてきました。だからこそ、この時代の女性は、きものに対して特別な思い入れがあるように感じます。
わたくしが、今、きものを新調するときもそれ相応に晴れやかな気持ちになりますが、おそらく当時「勢い込んで買ったきもの」に対する気持ちは、それ以上に濃かったことでしょう。たとえそれが第三者から見れば大したものではなかったとしてもです。

 だからこそ、どれも大切に手入れをし、汚れが目立つものは染め替えや仕立て替えをして、長年にわたって愛用してきました。そして今、わたくしの手元にあるものは、そういうものが大半です。

 肌身につけるきものは、着ていた人間自身のように感じられたりするもの。
単に消耗品としてではなく、大切な人の魂を身にまとうものとして、大事に扱ったのも故なきことではありません。

 わたくしが現在着用しているきものも、次代の誰かが受けとって身につけてくれたら、あの伯母や母たちのように、きっとわたくしは喜んでしまいそうな気がしています。

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