第23回 るびい様

 「今日は何着る? 履物はどうする?」休日の朝は夫との着物合わせではじまる。着物を着るようになってから4年、今ではすっかり日常の光景だ。

 4年前の夏、友人から“横浜の花火大会に彼と浴衣で・・・”と、ドレスコード付で誘われた。当時私も彼も全く着物に興味がなく、浴衣すら持っていなかったので、彼を引き連れてデパートの呉服売り場に駆け込んだ。浴衣だったらまぁいいじゃないかと、無理やり彼に着せてみた。これがなんと驚くほど似合っていたのだ。店員と共に褒めまくり、良い気分になった彼を見て私も嬉しくなり、「一式全部ください」と自分のクレジットカードを差し出してしまった。その後、瞬く間に浴衣を卒業し、結婚を機に着物道へと進み出した。結婚式に私は初めて振袖を誂えてもらい、彼は父親の形見の紋付袴。畳の上の披露宴に多くの方が和服で参列して下さり、初めて着物の艶やかさを堪能した。

 さて、その気分が冷めない頃、次は普段に着られる紬が欲しいと、夫は自分の着物を選ぶのに適当な店をインターネットや着物関係の本を読み漁って探した。男性の着物を専門に扱う「入りやすい」呉服屋はほとんどないが、無謀にも銀座の店をのぞきに足を運んだ。いざとなれば断れると自信を持っていたのも束の間、私まで手ブラで帰ることはなかった。その着物が手元に届いてからは「着物が着たいから出かける」を毎週のように繰り返した。その結果、シーズンが変わるごとに誂えた最初の1から2年であっという間に沼底に達してしまった。夫婦でハマると2倍痛い目にあうことを覚悟しなければならないが、痛さなど感じなくなる程「着る」ことに悦びを感じていた。二人で完全にマヒ状態であった。

 着物を着て出かけるとその先々でちょっとした心くばりを感じる。 例えば、気軽なランチのそのほとんどは「紙ナプキン」がテーブルに並んでいるが、着物だとちゃんと「リネン」を持ってきてくれる。そんなちょっとした気配りは、普通女性が喜ぶものだと思うが、実は男性もとても嬉しいのである。そして声を掛けられるのは大抵夫だ。「あっらぁ?、男の方の着物っていいわねぇ?、素敵だわー。ウチのも着てくれると良いんだけどねぇ。。。」 世に言うお直しオバちゃんが、隣に居る私には見向きもせず夫の袂を触りながら近寄ってくるのに何度か遭遇した。洋服ではありえないそんな体験を夫はたいそう気に入り、着物ナルシストへと成長して行くのであった。微笑ましい限りである。

 そんな私達に呆れている義母が、その昔時々着ていた着物を箪笥の中から出してくれた。十数年間も樟脳にその息を止められていた着物達はすぐには着られない状態。近くに良心的な呉服屋さんも見つけていたので、仕立て直しや洗いはすべてそこにお願いしていた。でも、休日にわざわざ大きな風呂敷包みを持って車で行くのはかなり面倒くさい。そうしたある年の秋深まる頃、お正月に着たいと仕立てに出した反物が、どういう訳だか年を越して1月も半ば過ぎに出来上がってきた。これに腹を立てない着物好きはいないと思う。そんな時、ある着物サイトの掲示板で「お手入れ」が話題になり、その気軽さと丁寧な仕事が評判になっていた「きものおたすけくらぶ」さんを知った。そしてこれをきっかけに我が家の悉皆をお願いすることとなった。夫の仕事の関係で転勤が多いので、ネットの情報は本当にありがたい。いつでも気軽に相談できるお店の窓口が自宅にあるのと一緒だ。メールでのやり取りは履歴も残るし、行き違いも防げる。

 ネット上のお付き合いも1年になろうとしていた頃、ある集まりで社長さんにお目にかかることが出来た。シミの付いた着物を何度かお願いしているせいか、実際お会いするのはなんとも気恥ずかしいものだ。素敵な紬をお召しになって微笑んでいる社長さんに、夫も私も「この方なら大丈夫だね」とさらに安堵した。

 せっかくの「リネン」をわざわざよけて付いてしまった食べこぼしの跡が、きれいに取れて「きものおたすけくらぶ」さんから帰ってきた。今度の休日はその着物で桜を観に行こうと夫が誘ってくれている。

前の記事:第22回 ミッチー様

次の記事:第24回 紀与子様