第20回 順子様

 そもそもは、三十路を迎えて「およそゆき」が1枚必要だっただけなのだ。これが転落の始まりだった。あれよという間に1枚また1枚と勝手に着物がうちにやって来(そんなはずはない)、そのうち「普段に着られる」小紋や紬でどっぷり深みにハマった。1枚くらい持っててもいいかもが、なぜこんなことになったのか、立派な着物貧乏となった今も、全くもって分からない。考えることをやめさせてしまう何かが着物にはあるのだ。そう思って自分に合掌するしかない現状である。

 さて、着物を好きになった時、私の身内には「普段に着物を着ている人」が皆無だった。着物の買い方やきまりごとなどに心得のあろうはずもない。全くの素人からのスタートで、何から何まで体で覚える羽目になった。3歩進んで2歩下がる、あるいは4歩下がる。お母様やお祖母様が着物好き、というお嬢さんを横目で見つつ、あちら様がキャリア組なら、こちらは「たたきあげ」系だなあとひとりごちつつ、着物好きの先輩諸氏やいろんなお店のお知恵をお借りし、少しずつ自分の着物ワールドを広げ・・。でもその段階で、特別不自由を感じたことはなかった。

 しかし、買うことに熱中する時期が過ぎ、ある程度の着物がそろってはじめて、「たたきあげ」が途方に暮れたのが、お手入れであった。普段の着物にハマってから、何せ着用回数が増え、その分当然汚れもつく。クリーニングに出すべきか、でも不慣れな所にお願いして、万一失敗されたらイタすぎる。信頼できる悉皆屋さんを紹介してくれるような、甲斐性ある身内もなし。完全に手詰まりだ。

 「行きつけの呉服屋さんにお願いすればいいのよ」と母なぞは言うが、こちとら洋服の店とのクールな関係になじんだ世代、1軒の呉服屋さんに、ワードローブ丸抱えでお願いしているわけではない。着物の好みが変わってしまい、疎遠になるお店だってある。「お宅で買ったものでなくて、申し訳ないんだけど・・」と、今現在お付き合いのあるお店に駆け込めるほど、強心臓でもない。といって、昔なじみの呉服屋さんに久々顔を出し、「洗いだけお願いするのも悪いんだけど・・」も気がひける。ああああメンドくさい。なんでこう、妙な所で気苦労なんだろう、着物って・・。

 そこへ「おたすけくらぶ」さんである。無類の着物好きである友人の紹介でご縁ができたのだが、宅急便でやり取りできて、明朗会計で、お手入れ法もこちらである程度選べて、と、合理的で実用的なことこの上ないし、いらぬ気も遣わなくていい。反面、お手入れをお願いする先様のお顔が見えない、というほどドライでもなく、メルマガやHPでお仕事ぶりや近況を伺える温かみもある。顔の見える関係と合理的な仕事進行。現代の「働く女子」である身にとっては、本当に居心地いいシステムである。私と御同様の「たたきあげ」系着物好きの女性も、きっといらっしゃるはず。ストレスなくサクサクとことを進めたい向きには、ぜひお勧めしたいと思う。

 というわけで、これを書いている現在も、盛大に食べこぼしをくっ付けた「およそゆき」の1枚を(だらしない・・)面倒見て頂いている最中。「おたすけくらぶ」さんのおかげで、今や私の全ての着物は「普段に着られる着物」になった。タンスのコヤシ、は、着物を殺しているも同じこと。愛する着物たちの出番を増やすべく、どんどん着てどんどん洗って、21世紀的豪快!着物生活を楽しもうと思っている。

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