第17回 直子様(『花saku』編集長)
アテネオリンピックが終わった。連続真夏日40日の記録はどうかと思うが、アテネではすばらしい記録が沢山出たことは嬉しいことです。
さて、スポーツと言えば汗だ。汗が美しい! ちなみに、気温が30度を超えるとスポーツ選手は1日だいたい10リットルの汗をかくらしい。「私は汗かきじゃないから……」なんていう台詞が似合いそうな涼しげな美人でも、一日に2リットルは汗をかいているという。ペットボトルを見つめてゾッとする。「おいおい、美人がこんなにかい?」「スポーツ選手はこのデカイの5本かい!?」。
私の場合は、何の特技もなくオリンピックにも出ないまま中年になったが、もし「汗かき」という種目があったら世界を狙えたかもしれない。いや、金メダルを獲れたかも! いやいや、今でも金を狙えるんではないだろうか?近頃では朝、出勤すると湯上がりの様な状態になっている。湯上がりだからといって色っぽいわけじゃないからねっ! 富さんっ!! 「朝の念入りなメイクは何だったの!?」という日々を過ごすうちに、朝のメイクほど、この世に無駄なものはないと確信した。もちろん、朝のブローなど、時間と資源(電気代)の無駄。要するに「湯上がり」なのだから……。
とにかく日本の夏は暑い。きものをよく着る私はもっぱら麻の縮がお気に入りである。なんせ、洗濯機でバシバシ洗える。オマケに縮だからシッカリ干せばアイロンは不要!これ以上、汗かきかつズボラな私にピッタリのきものはあるだろうか? と世界に向けて言いたい。綿のゆかたはノリやアイロンでまたもう一回汗を流さなければならないので、干しっぱなしの縮はまさに言うことなしだ。着ていても割と涼しい。
す……涼しい……?
そうなのだ。夏は、駅まで、タクシーまで頑張れば、場合によっては「寒いほど」冷房が効いている。その冷房がまた地球を暑くしているのだからここにも矛盾。しかし、きものを着ている時にはこの冷房、なかなか助かるのである。扇子を広げてパタパタしていても、そう目立つこともないし。
問題は、オゾン層の破壊だかなんだかによる地球の温暖化である。つまり、夏はいい。ひどい目に遭うのは春や秋、場合によっては冬だってひどい目に遭う。花見?と言えば麻の縮じゃ行けないじゃないかっ!紅葉狩りだって、麻の縮じゃ行けないじゃないかっ!「今は、昔と違ってきものを自由に楽しんでいいのよ」って言われたって、紅葉の下でスケスケのきものを着る勇気は……さすがの私にも……ない。真冬以外は、勇気を出して単衣を選ぶコトが多い。もちろん襦袢だって単衣だ。
でも、真冬でもきものを着て働いたり、大きな段ボール箱を運んだりすることだってある。走ったりだってする。一生懸命働けばジワッと汗が……!そこへ「もう結構です」と叫びたくなるようなヌクヌクの温かい空気が天井からユラユラと出ていたりする。「死に至る程の寒さじゃないんだから暖房なんて入れないでよっ」と叫びたくなる。暖房が入っていない春や秋だって、冷房が効いているわけじゃないから、一度毛穴から出た私の大量の汗は、じわりじわりと私の肌襦袢から長襦袢、長襦袢からきもの、きものから帯へと浸みだしてくる。お太鼓で蒸しパンが作れそうなほどだ。シュウマイや肉まんだって出来ちゃいそうだ。だから、私は春や秋は着たらすぐに「おたすけくらぶ」だ。
ちなみに「おたすけくらぶ」というネーミングはすばらしいと思う。言い得て妙だろう。おたすけくらぶにどれだけ助けられていることか。いつだったか、出汁がとれそうなほど、スゴイコトになっている襦袢を三枚送りつけたら、おたすけくらぶの社員が5、6人位救急車で運ばれたとか?汗をかいたあとの襦袢を密閉して送りつけたりしてゴメンネ。大ショックだったのは、清水の舞台から飛び降りた時のことだ。いや、飛び降りるような気持ちで買った結城紬の時だ。なんと重要無形文化財である。黒地に直径が10・ほどの雪輪の飛び柄で、柄合わせもしっかりしたかったので仕立ても当然おたすけくらぶにお願いした。私のいちばんのお気に入りである。そのお気に入りを着て満開の桜を愛でた。愛でながらちょっとだけ働いた。心地よい疲れと共に帰宅して、このお気に入りを脱ぐと……、「ガーン」。なんとその背中には、直径30cmくらいの大きな大きな雪輪がひとつ浮かんでいる。汗の塩がお太鼓から上へ向かってじわじわと広がった結果の「雪輪文様」の完成である。「柄のバランス的にはあっても、そう変じゃない!?」なんて喜んでいる場合じゃない。なんてったって清水の舞台なのだ。高かったのにぃ。お気に入りなのにぃ。一生モノなのにぃ。また来週も着たかったのにぃ。狂ったように濡れたタオルで直径30cmの雪輪を叩きながら、いや殴りながら「ハッ」と気づいて超特急でおたすけくらぶへ送りつけた。数日後……、わがままを言った私のお願い通りの期日に、私のお気に入りは返ってきた。両手に持っていた荷物を片手にまとめ、宅配ボックスからおたすけくらぶの段ボール箱を取り出して肩にかついだ。「よいしょ、よいしょ」と階段を上がって口にくわえていた鍵でなんとか玄関の鍵を開け早速段ボール箱を開けると……、そこには仕立てたときのままの姿の、美しい結城紬が。「やったぁ?!!」と叫びながら、お気に入りを抱き上げようと身を乗り出したその時、私の額から汗がポタリッと汗が……。
一生、おたすけくらぶなしでは生きていけない。
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